合格体験記
すっかり春らしい陽気になってきました。
入学式・始業式も終わり、マイポート卒業生も新天地で頑張っていることでしょう。
以前このブログで、高い壁を乗り越え【県岐商】に合格した二人の生徒をご紹介しました。
実はたいへんありがたいことに
その生徒の一人が『後輩たちのために使ってください!!』と
受験体験記を書いてもってきてくれました。
ありがたいことに、お母さんからも(*^_^*)
もともと文章を書くのが得意ではなかった彼です。
入試国語の条件作文ではかなり苦労していました。
そんな彼がなんと原稿用紙に体験記を【6枚】も書いてきてくれたのです!!
読んで泣きましたね。
『ああ、この仕事やってて良かった』って思いました(*^_^*)

こう書いては本人に失礼ですが
彼は見た目、原稿用紙に6枚も自分の気持ちを書いてくれるようなキャラではありません(笑)
塾に入塾した当時はぶっきらぼうで
いつも貧乏ゆすりをして、何かに怒りやいらだちを抱えているように見えたものです。
それでも私には彼の野球に対するひたむきな情熱と
見た目とは裏腹な優しい心が見えました。
まぁ、簡単に言うと本当は優しいのに誤解され損するタイプだったかもしれません。
私はそんな彼が好きでした。
なんとか甲子園の夢を叶えてあげたい
彼の怒りやいら立ちを受け止めてあげたい
私なりにそんな想いで彼に向き合っていったつもりです。
今だから正直に書けますが
昔の彼は大人を信じていない印象がありました。
いつも本音を隠しているような。
でも彼は受験を通して次第に変わっていったと思います。
それは点数があがったとか勉強するようになったとか表面的なことではなく
【本気で何かにとりくむ】
【自分と向き合う】
という、【人としての在り方】が変わったように思います。
試験というものは時の運もあるものです。
今回彼は見事に合格を勝ち取りましたが
仮に不合格であったとしても彼はその後の人生において
不合格を【意味ある経験】に変えていけるほどの強い生き方をしていったことでしょう。
それだけ彼は受験を通して自分に向き合い【在り方】を変える経験を得たのだと思います。
彼の成長を間近で見守ることができ、講師として本当にいい経験をさせてもらえました。
体験記を読ませてもらい、あらためてそう思いました。
心から彼とお母さん、ご家族に感謝したいと思います。
ありがとうございました。
さて、前置きが長くなりました。
私のお話はこの位にして彼の体験記を紹介します。(彼とお母さんの許可は得ています)
文章は極力原文のまま載せています。
この体験記がこれから受験を迎える生徒たちに勇気とやる気のきっかけになれば嬉しいです。
彼もきっと喜ぶと思います。
受験体験談 (東山中卒 県立岐阜商業合格 Mくん)
僕は、この塾に通ってよかったと思います。
僕は確か2年生の秋にマイポートに入りました。僕は硬式野球で、飛騨高山ボーイズに所属していました。
最初の頃は、野球が忙しく、勉強をしていませんでした。学校から帰ったら、まず練習練習の日々でした。
なので、学校の宿題をおろそかにし、ほとんどやっていませんでした。
マイポートで出された宿題も少ししかやってこずにいました。ノートを忘れたりもしました。
そのたびに、平野先生に怒られました。「なのでちゃんとやってください(笑)」。
3年生になると、3年生がメインとなる野球の試合が多くなりました。なので余計に野球に没頭していました。
ですが、勉強をしておらず、学校の定期テストでは、点がとれずとても悲しい気持ちになりました。
でもテストが終わるとまた野球をし、勉強をまたやりませんでした。
この話を聞いている人は、「そんなに野球が忙しいのか!!」と思うかもしれません。
でも、本当に忙しかったです。土日祝日は休みなしです。土日、祝日に友達と遊んだ覚えがありません。
朝9時から夜は6時まで練習がありました。学校から帰れば、すぐバットを持ち、1日500回は素振りをしました。
手はボロボロでした。毎日そんな生活でした。
でも、試合になると、自分よりうまい選手がたくさんいて、自分も負けとれんと思いめちゃくちゃ練習しました。
でも試合で打てなかったり、エラーをしたりしました。そんなことをすると、すぐ代えられました。
「なんやくそ」と思いました。打てなかったり、エラーしたりする自分にとても腹が立ちました。
でも自分と向き合って、メンタル面がだいぶ強くなりました。
学校で嫌なことがあったり、野球で挫折したりして、ふてくされた顔で塾に行くと
平野先生に「お前大丈夫か??」と毎日のように言われました。
平野先生は、僕の話を最後までちゃんと聞いてくれて、とても話しやすくいい先生だと本当に思います。
どんな話でも聞いてくれて、アドバイスをしてくれたり、子ども目線で考えてくれます。
たぶん親より先に何でも話したと思います(笑)。
野球ではいい成績が残せました。
誰でも知っていると思いますが、岐阜県屈指の名門、県立岐阜商業高校から声をかけていただきました。
しかし、勉強しておらず正直「これは,行けんかもな・・・」と思いました。
いくつかの高校から声をかけてもらっていましたが、県岐商は甲子園の常連校で、学校見学に行った時も、とても素晴らしい学校だなと思い、点が足りなかったけど、県岐商に入りたいと思いました。
そして、野球が終わりました。ですが次は入試です。
勉強をやっていなかった僕ですが、本気で県岐商を目指していたので、本気でまじがんばりました。
12月に入ると、土日も勉強でした。正直「やりたくねーな」と思いました。
最初は、周りのペースについていくのがやっとでとても苦労しました。
「なんでこんな量やらなあかんの」と心の中で思っていました。ですが、勉強をやってこんかった自分が悪いんやなと思いました。
勉強しても、「なんのこっちゃ」と思いました。本当に自業自得だと思います。
ですが、マイポートの先生方は、僕のペースに合わせてくれて、わかるまで教えてくれました。
それに、「普通はこんな量やらんだろ、こんなやっとるやつ、おらんだろ」と思うくらいやらされました。
周りについていくのがやっとでしたが、だんだんできるようになって、自分で計画をして、勉強していきました。
「今日は社会の中世を完璧にするぞ」という感じで、毎日やりました。
「俺が戦うのは、高山の連中じゃねーぞ、岐阜の連中やぞ!!」と毎日自分に言い聞かせていました。
岐阜の方のレベルがわからず、「どうしよ」ってなったけど、自分はこんだけやる!!やりきると思ってやりきりました。
結局、社会、理科のテキストは完璧にし、あとの教科もほぼ完璧にしました。過去問も5年分できるようにしました。
そして入試本番がきました。誰もがライバルだと思いました。
めちゃ頭よさそうな人ばっかりで、ビビッてましたが僕にはあんだけやったんだという自信があったのでテストをやっているときは
野球並みに集中して、テストを受けることができました。
合格発表のときは、ドキドキでしたが自分の番号があったときは、とてもうれしかったです。「こんなうれしーんや!!」と思いました。
僕は、中3の最初までは、野球だけで勉強をしていなくて入試が近づくにつれてめちゃあせりました。
毎日少しずつでも勉強はした方がいいと思います。その日、授業でやったことを自学にまとめたりすればいいと思います。
なので勉強は、いやでもやった方が絶対にいいと思います。
そして、平野先生は、まじでいい先生で出会ってなかったらどうなっとったやろと思います。
勉強のことだけやなくていろんなことで相談をした方が絶対いいと思います。
ほかの2人の先生もまじでやさしくて、たよりになります。わからんとこがあったら聞いた方がいいです。
ささいな事でもやさしく教えてくれるので聞いた方がいいと思います。
私立受ける人でも、それなりの覚悟がいると思います。公立入試は、さらにしんどくてなかなかスイッチが入らないと思います。
ですが、自分のためやと思ってがんばってください。倍率が高いほど、勉強しないといけなくて、あせると思いますが
平野先生のいうことを聞いて、やりきれば絶対合格できます。
公立受ける人は、点が足りなくてもあきらめず自分信じてやってください。行きたい高校に行けると思います。
僕は、一人暮らしからスタートです。でも、自分で決めた進路なので夢である、甲子園でホームラン
そして優勝を目標に日々がんばりたいと思います。
皆さんもがんばってください。応援しています。これで終わります。
入学式・始業式も終わり、マイポート卒業生も新天地で頑張っていることでしょう。
以前このブログで、高い壁を乗り越え【県岐商】に合格した二人の生徒をご紹介しました。
実はたいへんありがたいことに
その生徒の一人が『後輩たちのために使ってください!!』と
受験体験記を書いてもってきてくれました。
ありがたいことに、お母さんからも(*^_^*)
もともと文章を書くのが得意ではなかった彼です。
入試国語の条件作文ではかなり苦労していました。
そんな彼がなんと原稿用紙に体験記を【6枚】も書いてきてくれたのです!!
読んで泣きましたね。
『ああ、この仕事やってて良かった』って思いました(*^_^*)

こう書いては本人に失礼ですが
彼は見た目、原稿用紙に6枚も自分の気持ちを書いてくれるようなキャラではありません(笑)
塾に入塾した当時はぶっきらぼうで
いつも貧乏ゆすりをして、何かに怒りやいらだちを抱えているように見えたものです。
それでも私には彼の野球に対するひたむきな情熱と
見た目とは裏腹な優しい心が見えました。
まぁ、簡単に言うと本当は優しいのに誤解され損するタイプだったかもしれません。
私はそんな彼が好きでした。
なんとか甲子園の夢を叶えてあげたい
彼の怒りやいら立ちを受け止めてあげたい
私なりにそんな想いで彼に向き合っていったつもりです。
今だから正直に書けますが
昔の彼は大人を信じていない印象がありました。
いつも本音を隠しているような。
でも彼は受験を通して次第に変わっていったと思います。
それは点数があがったとか勉強するようになったとか表面的なことではなく
【本気で何かにとりくむ】
【自分と向き合う】
という、【人としての在り方】が変わったように思います。
試験というものは時の運もあるものです。
今回彼は見事に合格を勝ち取りましたが
仮に不合格であったとしても彼はその後の人生において
不合格を【意味ある経験】に変えていけるほどの強い生き方をしていったことでしょう。
それだけ彼は受験を通して自分に向き合い【在り方】を変える経験を得たのだと思います。
彼の成長を間近で見守ることができ、講師として本当にいい経験をさせてもらえました。
体験記を読ませてもらい、あらためてそう思いました。
心から彼とお母さん、ご家族に感謝したいと思います。
ありがとうございました。
さて、前置きが長くなりました。
私のお話はこの位にして彼の体験記を紹介します。(彼とお母さんの許可は得ています)
文章は極力原文のまま載せています。
この体験記がこれから受験を迎える生徒たちに勇気とやる気のきっかけになれば嬉しいです。
彼もきっと喜ぶと思います。
受験体験談 (東山中卒 県立岐阜商業合格 Mくん)
僕は、この塾に通ってよかったと思います。
僕は確か2年生の秋にマイポートに入りました。僕は硬式野球で、飛騨高山ボーイズに所属していました。
最初の頃は、野球が忙しく、勉強をしていませんでした。学校から帰ったら、まず練習練習の日々でした。
なので、学校の宿題をおろそかにし、ほとんどやっていませんでした。
マイポートで出された宿題も少ししかやってこずにいました。ノートを忘れたりもしました。
そのたびに、平野先生に怒られました。「なのでちゃんとやってください(笑)」。
3年生になると、3年生がメインとなる野球の試合が多くなりました。なので余計に野球に没頭していました。
ですが、勉強をしておらず、学校の定期テストでは、点がとれずとても悲しい気持ちになりました。
でもテストが終わるとまた野球をし、勉強をまたやりませんでした。
この話を聞いている人は、「そんなに野球が忙しいのか!!」と思うかもしれません。
でも、本当に忙しかったです。土日祝日は休みなしです。土日、祝日に友達と遊んだ覚えがありません。
朝9時から夜は6時まで練習がありました。学校から帰れば、すぐバットを持ち、1日500回は素振りをしました。
手はボロボロでした。毎日そんな生活でした。
でも、試合になると、自分よりうまい選手がたくさんいて、自分も負けとれんと思いめちゃくちゃ練習しました。
でも試合で打てなかったり、エラーをしたりしました。そんなことをすると、すぐ代えられました。
「なんやくそ」と思いました。打てなかったり、エラーしたりする自分にとても腹が立ちました。
でも自分と向き合って、メンタル面がだいぶ強くなりました。
学校で嫌なことがあったり、野球で挫折したりして、ふてくされた顔で塾に行くと
平野先生に「お前大丈夫か??」と毎日のように言われました。
平野先生は、僕の話を最後までちゃんと聞いてくれて、とても話しやすくいい先生だと本当に思います。
どんな話でも聞いてくれて、アドバイスをしてくれたり、子ども目線で考えてくれます。
たぶん親より先に何でも話したと思います(笑)。
野球ではいい成績が残せました。
誰でも知っていると思いますが、岐阜県屈指の名門、県立岐阜商業高校から声をかけていただきました。
しかし、勉強しておらず正直「これは,行けんかもな・・・」と思いました。
いくつかの高校から声をかけてもらっていましたが、県岐商は甲子園の常連校で、学校見学に行った時も、とても素晴らしい学校だなと思い、点が足りなかったけど、県岐商に入りたいと思いました。
そして、野球が終わりました。ですが次は入試です。
勉強をやっていなかった僕ですが、本気で県岐商を目指していたので、本気でまじがんばりました。
12月に入ると、土日も勉強でした。正直「やりたくねーな」と思いました。
最初は、周りのペースについていくのがやっとでとても苦労しました。
「なんでこんな量やらなあかんの」と心の中で思っていました。ですが、勉強をやってこんかった自分が悪いんやなと思いました。
勉強しても、「なんのこっちゃ」と思いました。本当に自業自得だと思います。
ですが、マイポートの先生方は、僕のペースに合わせてくれて、わかるまで教えてくれました。
それに、「普通はこんな量やらんだろ、こんなやっとるやつ、おらんだろ」と思うくらいやらされました。
周りについていくのがやっとでしたが、だんだんできるようになって、自分で計画をして、勉強していきました。
「今日は社会の中世を完璧にするぞ」という感じで、毎日やりました。
「俺が戦うのは、高山の連中じゃねーぞ、岐阜の連中やぞ!!」と毎日自分に言い聞かせていました。
岐阜の方のレベルがわからず、「どうしよ」ってなったけど、自分はこんだけやる!!やりきると思ってやりきりました。
結局、社会、理科のテキストは完璧にし、あとの教科もほぼ完璧にしました。過去問も5年分できるようにしました。
そして入試本番がきました。誰もがライバルだと思いました。
めちゃ頭よさそうな人ばっかりで、ビビッてましたが僕にはあんだけやったんだという自信があったのでテストをやっているときは
野球並みに集中して、テストを受けることができました。
合格発表のときは、ドキドキでしたが自分の番号があったときは、とてもうれしかったです。「こんなうれしーんや!!」と思いました。
僕は、中3の最初までは、野球だけで勉強をしていなくて入試が近づくにつれてめちゃあせりました。
毎日少しずつでも勉強はした方がいいと思います。その日、授業でやったことを自学にまとめたりすればいいと思います。
なので勉強は、いやでもやった方が絶対にいいと思います。
そして、平野先生は、まじでいい先生で出会ってなかったらどうなっとったやろと思います。
勉強のことだけやなくていろんなことで相談をした方が絶対いいと思います。
ほかの2人の先生もまじでやさしくて、たよりになります。わからんとこがあったら聞いた方がいいです。
ささいな事でもやさしく教えてくれるので聞いた方がいいと思います。
私立受ける人でも、それなりの覚悟がいると思います。公立入試は、さらにしんどくてなかなかスイッチが入らないと思います。
ですが、自分のためやと思ってがんばってください。倍率が高いほど、勉強しないといけなくて、あせると思いますが
平野先生のいうことを聞いて、やりきれば絶対合格できます。
公立受ける人は、点が足りなくてもあきらめず自分信じてやってください。行きたい高校に行けると思います。
僕は、一人暮らしからスタートです。でも、自分で決めた進路なので夢である、甲子園でホームラン
そして優勝を目標に日々がんばりたいと思います。
皆さんもがんばってください。応援しています。これで終わります。
※このブログではブログの持ち主が承認した後、コメントが反映される設定です。